43 好きなように生きたっていいじゃない。フラフラしても というブログにしました

今日は、オーストラリア時代に一緒にキャベツを刈っていたイタリア人のニコルカップルが日本に遊びに来たので上野まで会いに行ってきた。

 

彼らは30歳という年齢だが、いろいろな国を旅して暮らしている、お金が足りなくなったらそこで働いて次の国へ行くと。

 

なんて素敵な生き方だろう。

 

私は元々はカプシカムファームで働いていた時に、以前に申し込みをしていたオーストラリア最大とも言われている農家からオファーを受けて、そっち会社のキャベツチームに転勤した。

最初はみんなが、キャベツの仕事は時給が日本円にして5000円を超えることもあるドリームキャベツとも言われる仕事だから言ったほうがいいと言われ、行った。

 

元々カプシカムで時給3000円近くもらっていたので全然悪くなかったが、キャベツの時給には替えられなかった。

 

キャベツの仕事についた初日、厳しい洗礼を受けた。

仕事の初めに、スーパーバイザーと言われるオーストラリア人の上司が、「使えない奴は初日で速攻クビになる。」

それだけ言い残し去っていった。

 

 

クビになるかも知れないのか。。という不安とともに仕事が始まったが、ものすごく疲れる。

キャベツは1個でも重く、体の屈折させる動きが多いので腰にも負担がかかる。

頑張ってついて行くのもやっとだ。

 

仕事は端的に言うと、キャベツはトラクターを走らせて、そのトラクターから横に飛び出たベルトコンベアーに狩ったキャベツを箱に入れてのせていき、車にいる人がキャベツの箱を積んでパレットに載せていくというものだ。

 

仕事の途中で、積んでいた箱のパレットが崩れかけた。

気づいたときには私は倒れかけた箱に向かって急いだ。

私よりも早く気づいたイタリア人のチームリーダーのニコルが倒れかけたパレットを背中で支えていた。

 

私も必死にパレットを支えた。死ぬほど重い。

キャベツが6個入った箱が78セット(13段)に積み上がっているから軽いはずがない。

 

その必死の私にニコルは言った。

「welcome to cabbage team」

 

そのセリフは未だに忘れない。結局給料は時給ではカプシカムの半分ほどだったが、仕事を辞めようとは一切思わなかった。

 

自分のことを認めてくれる人がいる。それだけで仕事が楽しくてしょうがなかった。

 

そんなかつてのチームリーダーと日本で会うことができるなんてなんて幸せなことだろう。

 

上野公園の神社で、私は「ツツジの花を後ろから吸うと甘いよ。」と伝えた。

ニコルは私の英語をよく理解していないのか、ツツジの花を食べた。

 

私は死ぬほど笑っていた。

彼女は怒っていた。訳わからない花を食べるなと。

 

人それぞれ価値観はあるが、やっぱり自由に楽しく生きるって楽しいな。と改めて感じた一日だった。