海で深夜に問題を起こすと海上保安庁が動くらしい

ドイツ人の男友達3人と、日本人の友達の女の子2人と夜にキャンプファイヤーをすることになった。

 

夜の11時くらいにスタートしてお酒を飲んで、まったりし、英語で語り合った

石垣島は彼らからすると楽園らしい。

ドイツでは火をたくとすぐに警察が来てしまい、星空は街灯のせいで見えないという。

 


ここで

「場所にもよるでしょ」

という人は建前を気にしている人なので自分は大体気が合わない。

 

場所にもよるというのは言わなくても誰でもわかることである。

それを言うことは時間の無駄でしかないと私は考えている。

 

場所によって空間、設備時の流れ以外はすべて違うのだからそんなことをいちいち発言することに意味はまったく無い。

 

 

話を聞いてみると、ドイツ人は日本人となんだか誠実さが似ている気がした、

そんなに騒ぐ感じでもなく、繊細だと思っていたフランス人たちよりも繊細な気がした。

 

 

そして、深夜2時にお開きになって帰って車に戻ったが、友達の女の子とドイツ人の一人が帰ってこない。

電話はつながらない。

 

深夜2時は調べると満潮のようで、キャンプファイヤーのところへ戻るには腰まである水位の道を越えなければならない。

 

自分たちはいけたが、なかなか帰ってこない彼らが戻る頃には水位は上がって戻って来れなくなったのだろうか。

 

 

自分たちが満潮で運煮に入るのは危険なので、しぶしぶ警察にいった。

ちにみに深夜にタクシーはほとんどないようだ。友達の車なので帰れない。

 

交番は誰もいないので、そこにある電話で本部につないでもらうと、海上保安庁での海からの捜索になるという話になったところで電話が来た。のでなんとか必死にお巡りさんに謝って事なきを得た。

 

もし大事になっていたら大変だ。

はぐれた友達と合流した。

 

ここで怒るか、生きててよかった というかの選択肢がある。

昔の自分だったら狂ったようにきれていただろう、今の自分は少し考える力が付いた成果、生きていることの価値を感じた。

 

この子達がもし死んでいたらどうなっていたのだろうか考えると怖い。

死んでいたときの状況と、生きていて帰ってきたときの気持ちの差は違う。

 

気持ちをフラットの状態から連絡もとれずに後から帰ってきた彼らを迎える気持ちになってしまったら怒るのかもしれない。

 

 

気持ちはフラットの状態に保つことは大事だ。

でも、人の過ちを認めるには、最悪の状況を原点に考えて動くと、やさしく慣れるのかも知れないと感じた。