コミュニケーションは大事と言うが大人になっても、この人大丈夫?と思う人がいる。
一回話し始めるとこっちが返事をしなくても、相手の顔を見なくても、相槌を打たなくても一方的に話し続ける人が存在する。
ある意味才能なのではないか?と思うが、「一体誰に向かって話しかけているのだろう?」
と思うくらい一方的に何かに話し続ける人。
返事なんて必要としていない。ただ人間の格好をした物体があれば話し続けられる能力だが、迷惑云々は別にしても考え物だ。
完全にコミュニケーション能力が欠落した人だ。
おそらく普段会話の相手をしてくれる相手がいないか、アドバイスや指摘を受け入れられずに育ってしまった人、脳にある種の問題を抱えている人だろう。
この人たちの共通点は、話す内容にほとんど価値が含まれていないということだ。
意味の深く、人に影響を与えるような話をできる人というのは意外と少ない。
相手の状況を考えられないから、だらだらと一方的に話を続けられることが出来るのではないだろうか。
この人たちは、見方を変えれば可哀想な人達だ。
人から指摘されたとしても受け入れることが出来ない。
受け入れたら自分を見失ってしまうという恐怖に駆られているのかもしれない。
指摘を受け入れない人の周りから人は離れていく。
⇒これは素直さが大事と言われるこの世界の見方からすると裏面の良い例かもしれない。
結局、指摘もされず自分の抱える問題を分からないまま生き続け、周りの人も離れ続け生涯孤独に近いような人生になる。
話せる対象を見つけると、有無を言わさず話続け、相手の話は受け入れない。
こんな人は、年配の人でもたくさんいる。
この人たちから学べることは、自分を見つめなおす時間の重要さと言うことだろう。
自分が見えないと、結局は周りも見えない。
一方的に話しすぎているかもしれない、と思ったら相手に必ず3個は質問をしてみる訓練をしてみようと思った。
To do :会話では相手に質問を投げかける。