昔はものすごくイライラすることが多かった。
いろいろセミナーに言っている中で知ったことがあった。それは、怒るという感情は期待をしているから生じるというものだ。
「この人はこんなことをしないだろう。」 「人間なんだから、ある程度の常識はあるだろう」
など、人は無意識に期待してしまっている。
期待に応えてくれなければイライラしてしまう。
浮気されてもそうだろう。
この人絶対浮気するだろうなと思っている人と付き合って、浮気されてもそこまで起こることはないはずだ。
ただ嘘をつかれたりした時は、完全に期待に応えてくれていない為怒る。
どうすればいいのか、私は仏教から勉強した。
別に宗教家と言うわけではないが、煩悩とか、そういう感情を捨てるということを学びたかった。
ただ、普通に生きていて、怒らないということはできなかった。
《○○⇒期待しない⇒怒らない》
よく考えたら、期待しない図式の前に、期待しないためにどうすればいいのかという感情が必要なことに気づいた。
期待しないということが人間的に冷酷だという考えは捨てておこう。
お坊さんが本当に怒らないのかは分からないが、怒らない、すなわち期待しないための特別な考え方が存在しているはずだ。
私は、イライラすることが多い対象の人を人間と思うことをやめた。
友達には人間だからこそ、イライラしてしまうことがあるが、頭に来ることが多い人を人間と思わなくなった。
人によっては、この考えを否定する人は多いかもしれないが、怒ってお互いが損をするよりはいい気がしている。
動物がもし、列に並んでいたり、掃除をしていたらすごいと思う。だが、動物が言ったことを聞かなくても別にキレたりする事はないだろう。それと同じ感覚だ。
勘違いしてほしくないのは、全部の人間を人間だと思わないわけではない。
極端に考える力を欠落している者だけだ。それは人間と言えるのだろうか。
人間と動物の違いは何か、それは考えることだと思っている。
もしかしたら、自分自身も他人から動物のように思われているかもしれない。しかし、それはそれでしょうがない。もし自分ならそんなことを言われたらうれしいと思うだろう。
まだまだ、上に進む余地がある。より努力しようと頑張れる。
考えないで、同じ失敗を繰り返して、毎日だらだら過ごす者は人間なのだろうか。
人間と動物の違いについて深く考える必要があると感じた。