議論は、なぜマイナスな話題ばかりになってしまうのか?

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 議論はマイナスの話が多い

 

友人と1日おきくらいでお酒を交えながら議題を持ち出して議論することが良くある。

 

そこで友人の一人が「議論はマイナスの話が多い」という発言をしたので少しそれについて考えてみた。

 

楽しいことは議論する必要がない? 

 

議論で楽しいことがテーマな事はほとんどない。

テレビでの討論番組もそうだが、なんでコロナが落ち着かないのかなども結局他人への責任のなすりつけ合いのことが多い。

 

議論のテーマになる内容

 

そもそも議論の話題となるテーマは、

 

・どうやって今の状況を良い方に変化させていくか

・なぜ今その状態になっているのか

 

という2つに分けられる。

状況を改善させようという時点で、現在のマイナスに目を向けないといけないという点ではマイナスの話は出やすい。原因を追究していく段階でも必ずマイナス部分には目を向けなければならない。

 

最近では、友人と「バツあり子持ちで再婚をするためには」というテーマで議論をしていたが、

改善策を簡単に見つけられないテーマではしばしば話が原因追究メインに偏ってしまう。

 

そうなるとポジティブシンキングで生きている人は不快に思うのかもしれない。

 

メディアの影響でマイナス思考に?

 

巷でも、なにかを良くしよう!という話があまり出ないのはメディアの影響が大きいようにも思える。

 

メディアはマイナス情報を多く発信している。

マイナスの情報の方が人は関心を示して見てくれ、落ち込んだ感情を操作しやすくなるからではないか、と私は考えている。

 

情報収集

 

カクテルパーティー効果

 

騒がしい場所や雑音が響くところの中でも、自分に必要な情報を選択的に聞き取れるということ。

意識していない時に、急に自分の名前を呼ばれてそこに一気に意識が向かう時がある。

それがカクテルパーティー効果で、必要だと思うことがあればそれが自然と耳に入ってくる。

カラーバス効果

特定のことを意識していると、その情報が自然と目に入ってくるというもの。

「赤い物を探して」と言われると、今まで普通に見逃していた赤いものが自然と目に入るようになる。これがカラーバス効果だ。

意識が情報を自然に引きつけるようになる。

これが議論をするためにも、議題を見つけるためにも必要だ。

 

 

意見が出ない人もいる

 

そもそも疑問があまり出ない人では議論にならない。

普通に生活をしていて、普通にすごしていれば気になることも少ない。

 

話をまともにするためにも常に疑問を探し、それが自然と目に付くようになる人が集まれば活発で有意義な話ができるのではないだろうか。

 

考えていなければ議論相手の対象ともならないのが現状だ。